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2017年02月10日(金) 
タイトルは、都(つ)幾(き)の百姿 い亭(て)し本(ほ)の月月。目録は「多(た)可(か)さ古(こ)」(左の下の左)。枠外の御届は、明治十九年一月印刷、廿五年四月出版。

『高砂』(たかさご)は、能の作品の一つ。相生の松によせて夫婦愛と長寿を愛で、人世を言祝ぐ大変めでたい能である。古くは『相生』『相生松』と呼ばれた。
現在の高砂市内にある高砂神社の社伝によれば、ひとつの根から雌雄の幹の立ち上がる「相生の松」が境内に生い出でたのは神社開創から間もない頃のことであったが、ある日ここに二神が現われ、「我神霊をこの木に宿し世に夫婦の道を示さん」と告げたところから、相生の霊松および尉(じょう)・姥(うば)の伝承が始まったとする。
松は古来、常緑であるところから「千年の常盤木」などとも呼ばれ、また雌雄別株であることは夫婦を連想させる。世阿弥(ぜあみ)はこうしたところから着想を得て、尉・姥を登場人物とし、歌道の永遠なることを願って『高砂』を書いたのだとされる。
千歳の松、長寿、遠く隔たっていても睦まじい夫婦といった『高砂』に含まれる要素、また「相生」が「相老い」にも通じることなどから、『高砂』はいつしか夫婦和合・偕老長寿の象徴とも受け取られるようになった。尉・姥のモチーフは「高砂人形」と呼ばれる人形となり結納品のひとつとされたほか、一般におめでたい図柄として大衆化し、さまざまに使われている。『高砂や、この浦舟に帆を上げて、この浦舟に帆を上げて、月もろともに出で潮の、波の淡路の島影や、遠く鳴尾の沖過ぎて、はや住吉(すみのえ)に着きにけり、はや住吉に着きにけり』の謡は婚礼における祝言歌の定番となり、長い間歌い継がれてきた。
また、俗謡に「おまえ百までわしゃ九十九まで、共に白髪の生えるまで」と謡うものがあり、これも『高砂』の尉・姥に結びつけて考えられている。俗説として、「百」は「掃く」、すなわち姥の箒を意味し、「九十九まで」は尉の「熊手」を表すのだという。

印刷から出版までの間に六年の歳月がある。早期に製作されたが、おめでたい内容なのでシリーズを完結する作品に選ばれたものと想像される。
このブログ「月百姿」のカテゴリもこれにて完結。いやいや、もう一回、まとめを投稿するカナ?(へ皿へ)

閲覧数41 カテゴリ月百姿 コメント0 投稿日時2017/02/10 18:20
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