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2017年02月03日(金) 
タイトルは、都(つ)きの百姿 嵯峨野の月。目録は「嵯峨野」(左の下の中)。枠外の御届は、明治廿四年。

小督(こごう)は、平安時代末期の女性。本名は不明。藤原通憲/信西(ふじわらのみちのり/しんぜい)の孫。桜町中納言・藤原成範(ふじわらのしげのり)の娘。高倉天皇(たかくらてんのう)の後宮。
時は平氏全盛の平安朝最末期、時の帝であった高倉天皇は最愛の寵姫を亡くし悲嘆に暮れていた。見かねた中宮の建礼門院徳子(けんれいもんいんとくし/とくこ/のりこ)は天皇を慰めようと、美貌と音楽の才能で名高かった中納言・藤原成範の娘を紹介する。
宮中に上がった成範の娘は小督局と呼ばれ、天皇の寵愛を一身に受けた。しかし、中宮の父である平清盛(たいらのきよもり)は、天皇が中宮である娘を差し置いて小督に溺れる事に怒り狂い、小督を宮中から追い出してしまった。
小督は清盛を恐れて嵯峨に身を隠し、天皇とも音信不通となってしまう。天皇の嘆きは深く、密かに腹心の源仲国(みなもとのなかくに)を呼び出して小督を秘密裏に宮中に呼び戻すよう勅を賜った。
ちょうど仲秋の夜のこと、月が白々と照る中を嵯峨野に出かけた仲国は、小督が応えることを期待して得意の笛を吹いた。すると、見事な「想夫恋」の調べがかすかに聞こえてくるので、音のするほうに向かうと、果たして粗末な小屋に小督が隠れ住んでいた。
最初、小督は清盛を恐れて宮中に帰るのをしぶるが、「想夫恋」の曲で彼女の真意を悟っていた仲国に押し切られこっそりと天皇の元に帰ってきた。2人はひっそりと逢瀬を重ねるが、清盛におもねる者から秘密が漏れて、小督は無理やり出家させられてしまう。
能の『小督』はこのうち嵯峨野の場面に取材したもので、伝金春禅竹(こんぱるぜんちく)作の四番目物。現在も比較的盛んに上演される、美しくも哀切な名作である。

この絵も、もちろん同じ嵯峨野の場面。オミナエシ(女郎花)の花が美しい。

閲覧数55 カテゴリ月百姿 コメント0 投稿日時2017/02/03 17:53
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