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■月百姿の書き込み
書き込み数は102件です。 [ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 ... 11 ]
2017年02月14日(火) 
6年前の展覧会で存在を知り、惚れてしまった大蘇芳年の『月百姿』。
昨年の展覧会ですべてを拝見して、ますます好きになった。

それにしても、何が書かれているのか?
絵を観て、パッと判らない。
画題についての知識も足りないけど、
そもそも字が読めない。

タイトルを読むことからスタートした。
かな文字が今使われているひらがな、カタカナだけではない。
「古文書のよみかた」という本が非常に役に立った。
これは、松尾芭蕉の句碑を読むときから役に立っている。
日本人として身に付けたい能力のひとつと云えそうです。

さて、タイトルは判った。大抵の場合、

閲覧数74 カテゴリ月百姿 コメント0 投稿日時2017/02/14 20:33
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2017年02月10日(金) 
タイトルは、都(つ)幾(き)の百姿 い亭(て)し本(ほ)の月月。目録は「多(た)可(か)さ古(こ)」(左の下の左)。枠外の御届は、明治十九年一月印刷、廿五年四月出版。

『高砂』(たかさご)は、能の作品の一つ。相生の松によせて夫婦愛と長寿を愛で、人世を言祝ぐ大変めでたい能である。古くは『相生』『相生松』と呼ばれた。
現在の高砂市内にある高砂神社の社伝によれば、ひとつの根から雌雄の幹の立ち上がる「相生の松」が境内に生い出でたのは神社開創から間もない頃のことであったが、ある日ここに二神が現われ、「我神霊をこの木に宿し世に夫婦の道を示さん」と告げたところから

[地図情報有り]
閲覧数86 カテゴリ月百姿 コメント0 投稿日時2017/02/10 18:20
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2017年02月09日(木) 
タイトルは、月百姿 猿楽月。目録は「能楽の賀例」(左の下の中)。枠外の御届は、明治廿四年一月十五日印刷、廿五年四月一日出版。

能(のう)は江戸時代までは猿楽(さるがく)と呼ばれ、狂言(きょうげん)とともに能楽(のうがく)と総称されるようになったのは明治以降のことである。
江戸時代には、徳川家康(とくがわいえやす)や秀忠(ひでただ)、家光(いえみつ)など歴代の将軍が猿楽を好んだため、猿楽は武家社会の文化資本として大きな意味合いを持つようになった。また猿楽は武家社会における典礼用の正式な音楽(式楽)も担当することとなり、各藩がお抱えの猿楽師を雇うようにな

閲覧数100 カテゴリ月百姿 コメント1 投稿日時2017/02/09 18:20
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2017年02月08日(水) 
タイトルは、月百姿 むさしのゝ月。目録は「武蔵野」(左の下の中)。枠外の御届は、明治廿四年一月二日印刷、廿五年四月一日出版。

武蔵野(むさしの)は関東の一地域を指す地域名。武蔵野の範囲について明確な定義はないが、広辞苑によれば「埼玉県川越以南、東京都府中までの間に拡がる地域」であり、また広義には「武蔵国全部」を指すこともあるとされる。
「どこまでもつづく原野」として、あるいは「月の名所」として、古来知られてきた。

 行く末は 空もひとつの 武蔵野に 草の原より 出づる月かげ(『新古今和歌集』九条良経)。

 むさしのは 月の入るべき 峰

閲覧数87 カテゴリ月百姿 コメント0 投稿日時2017/02/08 18:41
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2017年02月07日(火) 
タイトルは、月百姿 梵僧月夜受桂。目録は「阿羅漢」(左の下の中)。枠外の御届は、明治廿四年六月。

カツラ(桂)は、カツラ科カツラ属の落葉高木。
日本各地のほか、朝鮮半島、中国にも分布する。街路樹や公園樹に利用され、アメリカなどでも植栽されている。日本で自生するものはブナ林域などの冷温帯の渓流などに多く見られる。
高さは30mほど、樹幹の直径は2mほどにもなる。葉はハート型に似た円形が特徴的で、秋には黄色く紅葉する。落葉は甘い香り(醤油の良いにおいに似ている)を呈する。成長すると主幹が折れ、株立ちするものが多い。日本においては山形県最上郡最上町

閲覧数349 カテゴリ月百姿 コメント0 投稿日時2017/02/07 18:16
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2017年02月04日(土) 
タイトルは、月の百姿 姥捨月。目録は「う者(は)春(す)てやま」(左の下の中)。枠外の御届は、明治廿四年六月印刷、十二月出版。

うばすてやま(姥捨て山)は、棄老伝説に材をとった民話。大きく「枝折り型」と「難題型」、それらの複合型に分けられる。法令、口減らしなどのために高齢の親を山に捨てることとなった息子と、その親の物語である。
姨捨山(おばすてやま・うばすてやま)は、長野県千曲市と東筑摩郡筑北村にまたがる山。正名は冠着山(かむりきやま)。標高1,252メートルで、長野盆地南西端に位置する。幾つかの呼び名があり、「冠山(冠嶽)」「更科山」「坊城」とも言わ

[地図情報有り]
閲覧数535 カテゴリ月百姿 コメント1 投稿日時2017/02/04 20:36
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2017年02月03日(金) 
タイトルは、都(つ)きの百姿 嵯峨野の月。目録は「嵯峨野」(左の下の中)。枠外の御届は、明治廿四年。

小督(こごう)は、平安時代末期の女性。本名は不明。藤原通憲/信西(ふじわらのみちのり/しんぜい)の孫。桜町中納言・藤原成範(ふじわらのしげのり)の娘。高倉天皇(たかくらてんのう)の後宮。
時は平氏全盛の平安朝最末期、時の帝であった高倉天皇は最愛の寵姫を亡くし悲嘆に暮れていた。見かねた中宮の建礼門院徳子(けんれいもんいんとくし/とくこ/のりこ)は天皇を慰めようと、美貌と音楽の才能で名高かった中納言・藤原成範の娘を紹介する。
宮中に上がった成範の娘は小督局

閲覧数62 カテゴリ月百姿 コメント0 投稿日時2017/02/03 17:53
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2017年02月02日(木) 
タイトルは、津(つ)起(き)百姿 桜さく春(す)ミ多(た)の川耳(に)こく布(ふ)年(ね)もく連(れ)て関屋耳(に)月をこそ見れ 水木辰の助。目録は「水木辰之助」(左の中の左)。枠外の御届は、明治廿四年六月。

水木辰之助(みずきたつのすけ)は、歌舞伎俳優。元禄歌舞伎の代表的女方。水木流の祖。『槍踊』や『唐猫』などの所作事にすぐれ、後年江戸劇壇に流行した「変化舞踊」の先駆をなす「七化け」を始めた 。「水木帽子」と呼ばれる紫ちりめんのかぶり物を案出し、一般風俗にも影響を及ぼした。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典による)

Wikipediaには「水木辰之助」のページはな

閲覧数78 カテゴリ月百姿 コメント0 投稿日時2017/02/02 20:01
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2017年02月01日(水) 
タイトルは、月百姿 三日月の頃よ梨(り)待し今宵哉 翁。目録は「桃青翁」(左の上の右)。枠外の御届は、明治廿四年。

松尾芭蕉(まつおばしょう)は、江戸時代前期の俳諧師。伊賀国(現在の三重県伊賀市)出身。幼名は金作。通称は甚七郎、甚四郎。名は忠右衛門宗房。俳号としては初め実名宗房を、次いで桃青、芭蕉(はせを)と改めた。北村季吟(きたむらきぎん)門下。
俳諧(連句)の芸術的完成者であり蕉風と呼ばれる芸術性の極めて高い句風を確立し、後世では俳聖として世界的にも知られる、日本史上最高の俳諧師の一人である。芭蕉自身は発句(俳句)より俳諧(連句)を好んだ。
芭蕉が

閲覧数151 カテゴリ月百姿 コメント0 投稿日時2017/02/01 23:16
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2017年01月31日(火) 
タイトルは、津(つ)起(き)の百姿 月の四農(の)緒 蝉丸。目録は「せミま類(る)」(左の中の左)。枠外の御届は、明治廿四年八月。

蝉丸(せみまる)は、平安時代前期の歌人、音楽家。古くは「せみまろ」とも読む。
『小倉百人一首』にその歌が収録されていることで知られているが、その人物像は不詳。宇多天皇(うだてんのう)の皇子敦実親王(あつざねしんのう)の雑色(ぞうしき)、醍醐天皇(だいごてんのう)の第四皇子などと諸伝があり、後に皇室の御物となった琵琶の名器・無名を愛用していたと伝えられる。また、仁明天皇(にんみょうてんのう)の時代の人という説もある。生没年は不詳

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閲覧数72 カテゴリ月百姿 コメント0 投稿日時2017/01/31 23:46
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